News

新着情報

<2016年の主な予定> 

*セカンドスパイスでの個展日程に変更がありました。


■個展

2月24日(水)~3月1日(火)

会場:阪急百貨店北花田店


■二人展 増田哲士(陶器)・ 稲葉崇史(木工)

5月27日(金)~6月7日(火)

会場:一草庵(岡崎市)


■五条坂陶器祭

8月7日(日)~10日(水)

会場:京都五条通北側A地区10番


■個展

9月16日(金)~9月27日(火)

会場:セカンドスパイス(京都)


■六花展 増田哲士(陶器)・ 稲葉崇史(木工)・竹村優利佳(織)

10月8日(土)~10月13日(木)

会場:五風舎(奈良市)


■個展

12月3日(土)~12月11日(日)

会場:Cafe&Gallery りほう(京都)

2014年1月8日水曜日

渡英日記 その2~マンチェスター編~

渡英日記 その2~マンチェスター編~

1992年の初めてのイギリス滞在日記に現在の視点でコメントをしてみました。
当時の文章を読んでいると、自分の皮肉っぽい性格の悪さ(?)が顕著に現れているなと思います。
失礼なものいいは、若気の至りと思ってどうかご容赦ください。
マンチェスター滞在中のできごとを綴っています。





1992.8.1.

Manchesterへ行く日である。
Euston 駅から一路Manchster Piccadilly駅へ約3時間。
途中で昨日作った「すし」の残りを食ったが、はっきり言ってコゲのかたまったところばかりで、
何を食べてるのかわからんかった。
鳥のエサにしてもいいぐらいの感じがしたが、とりあえず口の中にかき込んだ。
Manchesterは予想に反してきれいな町である。路面電車Metrolinkは新しくてカッコイイ。
B&Bについたら、そこがまたとんでもないところだった。
でかいセントバーナードと子犬と子豚みたいな黒い犬、さらに猫までいる。
それも家のなかをうろうろしている。
せまい廊下を大家のおばさんにくっついて歩き回るものだから大変だ。
あたまがくらくらしてしまうが、大家さんはなかなか楽しい良い人だから
なんとかなるのではないだろうか。

 Re:
当時のBritish RailのInterCityは新幹線並のスピードで走るのに、ドアが手動だった。
外側にノブが付いてるので、降りる時は窓を開けて手を外に回して自分で開けるというもの。
数年後、自殺者が増えたとかで自動化されたらしい。
Euston、King`s Cross、ユーストン、キングスクロスていう響きが懐かしくて切なくなる。
なぜかロンドンから北へ向かう駅は独特の物寂しい雰囲気があったなぁ。
キングスクロスは当時よく聴いていたPet Shop Boysの同名の曲が「ネ申」

それはさておき、我が家を訪れた方はご存知かと思いますが、
現在の我が家はまちがいなく訪問者のあたまをくらくらさせる家だと思います。
合計総重量65kgの犬2匹がもれなく(激しく)お出迎えします。





1992.8.6.

Craft Centreというところはとても良い所である。
小さな店、それも工房と一体になったようなもので、作家の作っている様子も見える店である。
陶器、ガラス、金属、染織といったものを扱った店ばかりで、
こんな所で製作しながら店も持てたらなんぼええだろうか・・・
とうらやましく思いながら見ていた。中でも金工のアクセサリーは
自分でも作ってみたくなるようなものもあってなかなか良かった。
Craft Centreの近くにMarketのアーケードみたいなのがあって、
そこも面白い店(ガラクタとしか思えないものや、ボロいおもちゃ、わけのわからんオブジェ、
汚い古い写真など)がいっぱいあった。
G-Mexという昔駅だった市民ホールみたいな建物はカッコイイ。
Manchesterはいい。人もあまりたくさんいないし、思っていたよりきれいだし、
空気も水もロンドンより良い。
こじんまりとしたやかましくない町だから落ち着ける。

 Re:
ロンドンの水は石灰分がとても多くて、キッチンの水周りはすぐにまっ白になってたなぁ。
はじめてロンドンの水道水飲んだときは「何じゃ~この味~!」と思ったものです。
ほんとに石灰の味がした(気がする)。
それに比べてマンチェスターは飲みやすいやさしい水だったように思う。
水は国によって全く違うみたいですね。
そのせいか、ロンドンで買っておいしいと思ったハーブティーを日本で飲んだら、
「何じゃ~この味~!」となった覚えがあります。




1992.8.11.

Manchester Museumへ行った。
とりあえずたくさんのコレクションがあった。石、昆虫、動物出土品などと結構幅は広い。
~中略~
4階(昆虫の標本、植物の標本、爬虫類の水槽など)とにかくフタ付きのショウケースは
ものすごく開けて見るのがめんどくさい。
いちいちパタパタあけてたら手が疲れる。子供たちは中の標本そのもの見て楽しむのではなく、
パタパタとフタを開けては閉めることを楽しんでいるとしか思えなかった。
中身をじっくり見ている人は皆無である。
ビンに入ったホルマリン漬けの標本はおもしろくない。それにちっとも充実していなかった。
爬虫類の水槽はどのヘビもワニも目新しさが無くていまいち。
目新しければそれでいいとは言わぬが、
いまいちそこにそれを置く必然性がないと思えるものが多い。
いちばんすごいと思ったのは、マホメットの生まれた年から(700年ころだったと思う)
1800年頃までの樹齢の木の年輪を輪切りにした一部である。
まぬけなことにあまりのすごさで 何の木だったか忘れてしまった。
Redなんたらという名前だったかもしれない。

 Re:
いまいち、おもしろくない、充実してないと否定的な言葉のオンパレード。
「必然性がない」などまったく生意気にもほどがありますね。
でもやっぱりフタの開け閉めはめんどくさいだろうなぁ。





1992.8.13.

この日は何をしていたか覚えてないところを見ると、何もしていなかったようである。(16日)

 Re:
ほんとにあなた何しに行ってるんでしょうね?
他にも「ぐうたらして一日が終わってしまった。」とか・・・
ぼーっとしたり、ぐうたらしたり・・・時間無駄にしすぎ!!





1992.8.19.

Blackpoolという海辺の街に行った。
ここはLondonの近くのSouthendに似ている。とてもよく似ている。
ただここはやたらとイルミネーションのぼんぼりやちょうちんがぶら下がっている。
見渡す限りイギリス人ばかりで、およそ日本人が来て楽しんでいる様子などない。
海はコーヒーかココアみたいな色。古びたアイスクリームの屋台、
きたないPier、メリーゴーランド、遊覧電車、水族館(下品な)
ゲームセンターなどがあるが、どれをとってもさびれてるな~と思ってしまう。
夜にくればイルミネーションが輝いてきれいなのかもしれない。

 Re:
となり街のリバプールはとても有名なのに、なぜかそっちはスルーしてブラックプール。
イギリスの夏はとても涼しい。26度でも「やった~今日はスッゴク暑いぞ!」と喜ぶくらい。
この日は曇って風が強くて肌寒かったのに、みんなわずかな太陽を求めて水着姿だった。
ココア色の海に入ってはしゃぐ子供たち。アイス、ポテチと次々に菓子を食べ続けるお年寄り。
それぞれに夏を楽しんでました。それなのにあなたは一体・・・。
自分から訪れておいて、その否定的なものいいは何なんでしょう?
ちなみに次の日は「Blackpool行きのショックのため家でぐうたらしてすごした」とのこと。
・・・またですか?





1992.8.22.

Yorkへ行く日である。ManchesterからLeedsというところまで行って、
そこで乗り換えて行ったのだが、
はじめのLeedsまでの電車のおそいことおそいこと
何やら遊覧電車に乗っている気分になってしまうような遅さであった。
それはさておきManchesterから電車にゆられて30分もすると小高い丘のある
いわゆる田舎の風景が広がってきたのだが、
ひつじとか牛が緑のカーペットのうえに白く点々として箱庭になりそうな風景だった。
駅を出るとすぐに城壁が見えるが、Chesterのものよりも大きく整っていて美しかった。
緑の芝生(だと思う)と白とうす茶の石壁のコントラストはいかにも城壁の街という気がする。
Yorkの街は1階よりも2階、2階よりも3階が順にはり出すという建物の間を
石畳の細い道が通っているものだった。
どの店もこじんまりとしているのだが、それぞれに個性的なものが売られていておもしろかった。
広場にはたくさんの市が立ったりstreet performanceなどが
人だかりを作ってたいへんにぎわっていた。
ミンスターもすごい人出だったが、人さえいなかったらもっと感動するだろうというような大きく立派なものだった。
街の中の一角に開けたガレージになっているところがある。その真ん中にぽこっと緑の丘があり、その上に塔が建っている。
いきなりそんなもんが街の真ん中にあるのはあまりにも変だと思いながら中に入ってみたが、1.5ポンドもとられた。
塔自体はそれほど高いものではないが、上に登ると丘の上に建っていることもあって、なかなか高く思えた。
ミンスターもよく見えた。夕方から小雨が降り始めててあまりゆっくりしてられなかったが、
アメリカのNew Yorkとは似ても似つかないと思われるような落ち着いたよい街だった。

 Re:
ヨークはとてもかわいらしい街だったなぁ。
中世ヨーロッパ(?)の雰囲気たっぷりで、これからイギリスへ行く人にはおすすめ。
ヨークミンスターは天井が冗談のように高い。見上げてると首が痛くなるので、床に鏡が置いてあった。
人さえいなかったらもっと感動するって、あなたほんとに人嫌いですね。





1992.8.24.

朝6時半に起きて7時に朝食とってScotlandへ出かけた。
Manchester Piccadillyから電車に乗ってPrestonで乗り換えて行った。
いきなりすごい人で3時間くらいずっと座れずに入口横の広いところで
立ったりしゃがんだりしてて疲れた。
窓から見る風景がだんだんと北のほうに来たという高い丘が見えはじめたが、
とりわけ「スコットランドだ~」という感じはしなかった。
駅でInvernessに行く時刻表を見た後、インヴァネスのYHに電話したら、満員ということだった。
だんだんやる気が無くなって、この日はEdinburghにとまることにした。
駅からYHまで歩いたのだが、
人がいっぱいいて何やらロンドンに来たような気がした。
チェックインした後部屋に行くとドアノブが異常に固くて困った。
しかも10人部屋ということでもうすっかりやる気がなくなってしまった。
わたしゃ共同部屋とか共同生活にはむいてないと常々思っていたにもかかわらず、
こんなところに泊まるとは・・・
と思いつつ外の様子を見てまわった。全体的に重苦しい空気を感じるような街だった。
天気の具合もあるのだろうがやはり暗い。
エディンバラフェスティバルなるものが行われていて街は市が立ったりしてにぎわっているのだが、
建物の色が灰色(石)だからどうしても暗く感じる。
マンチェスターがレンガ色の街だったからだろうか。
しかしこの街は坂が多い。高い丘の上にエディンバラ城が見える。
いかにもヨーロッパ的な感じがした。
YHの近くにある教会はなかなか立派なもので、Yorkのミンスターよりも外見はカッコイイ。
高い三角の塔があるからだろうか。夜はライトアップされてとても美しい。
まさに夜空に浮かび上がっているようだった。
Scottish National Gallery of Modern Artもライトアップされて美しかった。
その日はYHで夕食をとって風呂にも入らずそのまま寝たが、よく眠れなかった。
2段ベッドの上の人は寝相が悪く、シーツをはじめに落としその後フトンまで落とした。
届かない手を伸ばして上の段から取ろうとしたはるから、取ってあげたりしたが、
あまりにも寝苦しかった。

 Re:
そういえば当時、「やる気なくなる」というのが口癖だったなぁ。
そうそう「やられた」っていうのもあった。
自分のやりたそうな事や、作りたいと思っていたようなものを見つけたとき、
「う~ゎ、やられた・・・」と。
なんだかどちらも「あきらめた感」のある言葉ですな。
あとやっぱり人が大勢いるところは苦手だった。まぁ今もそれは変わらないか・・・。

ちなみにEdinburghは「エ」にイントネーションがきます。「エーディンボァ」と発音。
Invernessは「ネ」にイントネーション。「インヴァネース」と発音。




1992.8.25.

朝食の後Scottish National Gallery of Modern Artに行った。
ここにはとりたてて目を引くものが無かった。
ジャコメッティの彫刻、パウル・クレーの絵ぐらいだろうか。
そのあとYHが泊まれなくなってしまったため、B&Bに電話して(何回もかけた後)
やっと見つかった。
結構遠いところでタクシーに乗っていったが、なんとなくあやしげで心配な気もするが、
とりあえず風呂、トイレ付きで良かった。
B&Bで一息ついた後National Gallery of ScottolandとRoyal Scottish Academyに行った。
National~はいわゆるルネッサンス~とかフィレンツェのなんたら~みたいなものばかりで、
見る足は速くなる一方。
Royal~の方はMiro展をやっていたが、これは良かった。
図録を買ってしまったぐらい良かった。
彫刻が多く絵は少なかったが、ミロの彫刻はあまり見たことが無かったから良い機会だった。
Galleryの横の坂道を登っていくとエディンバラ城であるが、
入城料が3・40ポンドもしてたからやめて、
城の下の丘に続く道をうろうろした。とても見晴らしがよく、遠くの海まで見えた。
風がきつく寒いぐらいだった。

 Re:
行き当たりばったりで宿を取っているあたりがいかにも学生の旅ですねぇ。
あやしげなB&B、その名も「マラケシュ」(だったと思う)。その名のとおりモロッコ風。
疲れて帰ってきて、「お風呂お風呂~♪」と思って入ったら
シャワーが水しか出なかったな・・・たしか。
それでも朝食はわりとおいしかったしボリュームもあった。
で、ゆっくり悠長に食べてるから電車乗り過ごすんだよな・・・。

ざわざわと音をたてる緑、風に煽られながら飛ぶかもめ、灰褐色の城壁・・・
スコットランドの思い出。




1992.8.26.

今日はインヴァネスへ行って日帰りしようと思って出かけたが、9時40分発は出てしまってて、
そのあとは11時30分発というどうしようもない状態だった。
結局ネス湖訪問はお流れになってしまった。
そのかわりRoyal Museum of Scotlandに行ったが、
ここは想像をはるか上回るコレクションの数だった。それに広い。
しかもきれいというBritish Museumが色あせて見えるほど立派なものだった。
まだ新しく完成していない部屋もあったのだが、
完成してなくて良かったと思うほど見てまわるのは大変なものであった。
足が棒になるとはこのことよ、というぐらい歩き回った。
どの部屋も広く、置いてあるものもその演出もなかなかこだわりを感じさせた。
とくにFishという海洋生物の部屋は本当に水族館に来たように思えるような
つくりものの水槽があった。
部屋の中も薄暗く水中を歩くような雰囲気がありとても良かった。

 Re:
なにかと出遅れる人生をこの頃からずっとかわらずに送っているような気がする・・・。
いや、この頃よりももっと前からだ。
つまり僕は生まれたときからずっと出遅れ続けているのかもしれない。
ま、それはさておき、このミュージアムはまた行ってみたいなぁ。
中央が吹き抜けになっていてとても美しい建物だった。
数あるイギリスのミュージアムのなかで一番印象に残っている。


2014年1月7日火曜日

渡英日記 その1~ロンドン編~

渡英日記 その1~ロンドン編~
1992年の初めてのイギリス滞在日記に現在の視点でコメントをしてみました。
当時の文章を読んでいると、自分の皮肉っぽい性格の悪さ(?)が
顕著に現れているなと思います。
失礼なものいいは、若気の至りと思ってどうかご容赦ください。
ロンドン滞在中のできごとを綴っています。

1992.7.9.

飛行機が出発したが、思ったより大した感動は無い。いつの間にか離陸していた。
はじめは町が見えてスゴイとおもったが、雲の上に出ると空ばかりだった。当たり前だが・・・。

窓から雲海が広がってるのが見えた。
夜明け頃、ご来光が見えた。飛行機の羽と雲の間にオレンジの太陽が見え隠れしてて、
もうなんとも言えなかった。
はるか下に川らしきもの、道路、家の明かりが星のように見えていた。
一面に広がる雲と地平線を見てて地球は大きかったんやと実感した。
一生忘れられん光景やと思う。
Re:
初めての飛行機と海外だったね。
いまでも本当に覚えてるよ、あの光景は。

1992.7.10.

ヒースローについた。
もうさびれててとてもロンドンの玄関だとは思えない空港だった。
入国審査のおっちゃんがいけずな人でとても困った。全く(でもないが)
何言ってんのかわからない。
ようやく入国できたあと、振り返ってみたら、その人のところで日本人らしき人が
またいぢめられていた。
Under GroundでKing`s Crossへ行くが、Under Groundは「きたない、せまい、ゆれまくる」と
三拍子そろっていた。
京阪電車のなんと高級なことかと思った。

Re:
空港のトイレで手を洗おうとしたら「お湯」と「水」のレバー。
「お湯」のレバーを押すとドババーっと熱湯!
うわ熱っ、と思って、「水」のレバーを押そうと思ったが、
ものすごく硬くてなかなか出ないので、えいっと押したらブッシャー!
ど、どうすれバインダー!
ヒースロー、とても思い出深い空港。

1992.7.11.

それにしてもイギリスの土地は平坦である。どこまでも丘がつづいている。視野が広い!
あと夜9時でも明るくて調子がくるってしまう。
12時頃になったらやっと夜らしくなってくるものだから一日が長くてしかたがない。
Re:
どこを見渡しても山が無い。そのせいか風がとても強い時があったな。
夏とは逆に冬は夜が長いらしい。暗い時間が長いより明るいほうが圧倒的にいい。
でもイギリスの冬も一度は経験してみたいものです。


1992.7.13.

Tower of Londonに行く。朝駅で一日乗車のTravel Cardを買おうとしたが、
早く来すぎて売ってくれなかった。
仕方が無いから雨の中バス停でぶーたれながら待ってから電車に乗った。
Fenchurch Street駅について紅茶飲んで一息ついてからTower of Londonの方へ行った。
中に入ったは良いが、すごい観光客の数である。ラテン系の人間が多く、日本人も多くいた。
カッコつけて英語版買ってわからんかったらあほみたいやし日本語版のガイドブックを買った。
昔の衣装着た案内のおじさんが大声でわめいているのをしり目にぐるっとひと回りして、
あまりじっくり全て見ずにみやげ物を少し買って帰った。
でも、中にある武器(ソード、ランス、ポールアックス、鎧など)の展示は
体力があればもっとゆっくり見たかったように思う。
Tower Bridgeの手すり、柵はきわめて悪趣味な色合わせでぬられており最悪であった。
(ドス黒い赤、白、軽薄なスカイブルー)風も強いし雨も降るしでさいあく。
それに最近まともな食事をしていない。昨日もイギリスくんだりまで来て
マクドだけには世話になるまいと思っていたにもかかわらず、
Pさんといつのまにか入ってしまっていた。
今日も橋のたもとの店でジャケットポテトを食べたが、何を食べてるのかわからなかった。
今日こそは早く帰ってまともなものを食べようと急いで帰った。
その晩は家にあるものでコンソメ野菜ラーメンを作って食ったが、なかなかよくできた。
ひさしぶりの手料理だったので、たいしたものではないにしても、
涙流してむさぼるように(かどうかわからないが)食べた。
Re:
中学、高校時代はD&D(Dungeons&Dragons)というテーブルトークロールプレイングゲーム
にはまっていた。
数人のプレイヤーとダンジョンマスター(進行役)が会話をして
冒険のストーリーを展開するゲームで、
僕は最前列でモンスターと戦うドワーフ戦士(ロードオブザリングのギムリみたいな)役だった。
自分が青白いもやし君だから、空想の世界ではマッチョにあこがれてたんですねぇ。
今ならウィザード(魔法使い)をやってみたいです。

1992.7.16.

今日はKew Gardensへ行った。
ものすごく眠たかったが、10時半ごろ家を出て、
Laindon駅からFenchurch street駅まで行って、Tower HillというUndergroundの駅から
Richmond行きに乗ってついた。
Kew Gardensへ行くまでの町並みはレゴのおもちゃのような家が立ち並びイギリスらしかった。
それにしてもKewは広い!それに木は大きいし、芝生はあおあおとしてきれいである。
珍しい植物がたくさんあるわけではないが、その落ち着いた雰囲気が、とても居心地がよく、
くつろぐ公園としてのツボをおさえた良い公園だと思った。
長いすがいたるところにあるのもうれしい。
あまりうろうろするのも体が半分寝ていてつらかったので、
半分くらい(もしかしてそれ以上)の時間はイスに座ってボーっとしていた。
Tower Hillの駅近くで買ったサンドウィッチはおいしかった。
ヒースローが近いせいか、もうひっきりなしに飛行機が飛び交っていた。
帰りの電車をいきなり間違えてしまったが、
親切なおじさんとおねえさんが教えてくれてどうにか帰りつけたのである。
Re:
この日はほんとうに足が重くて、まぶたが勝手に閉じようとするぐらいにヨタついていたなぁ。
キューガーデンは好きだけど、やっぱりなんと言ってもくつろぐならハイドパーク!
リスがあそびにきてくれたり、何時間ぼーっとしてもタダだし、
アルビオンミューズも近いし、最高!
ただ馬糞にはご注意。

1992.7.19.

わたしは今日はじめて「クリケット」なるものを見た。
Pさん(仮名)が好きらしく、Southendという海辺の町(Morrisseyの「Everyday is like sunday」の
ビデオの舞台)にある競技場に連れて行ってくれた。
ものすごい人(でもないかも・・・)だった。試合が始まるまでの間、
子供から若いにいちゃんまでがバットみたいなんを振り回して遊んでいたが、
皆とても元気で「若者なのね・・」と思った。
試合が始まるらしくなんかコート(広い野原みたい)の真ん中に人が集まってなんかし始めた。
先攻でも決めてるのかなと思っていつはじまるのだらうか?と待っていたら、
じつはもう始まっていたらしく、
周りの人が突然拍手したり声をあげたりした。
えっ!もうはじまっとるん?と聞くのもなんか失礼かと思ったが、
かといって何がなんだかわからないのに拍手したり面白がるのもよくない。
Pさんに一人6ポンドも払ってもらって観もしないで寝てしまうのはあまりにもひどい、
けどやっぱり眠いのである。
何か食べてでも起きていなくては・・・。前に座ったおばさんはえらく熱心に得点表を付けている。
30分目にしてすでに眠気がひどくなった。
とりあえず野球に似たものらしいが、日本に帰ったら
野球ファンになってしまうかもしれないと思うほど、
野球がいかに面白いか「クリケット」を見て思った。なんでこんなんで皆楽しめるのだろう。
なんかまわりは年寄りから子供までいっぱいいて、
とくにフーリガンみたいな若者が大騒ぎしていたが、
どうやったらこのクリケットでそこまで盛り上がれるのだらうか?
6時間ねばったあと、そのゲームは終わった。始まったときと同じように終わった。
いつ何点どちらのチームに入って、一体どちらが勝ったのかも分からなかったが、
とりあえず帰れるのかと思ったら、
Pさんがこれからクレイジーゴルフなるものをしにいこうなんて言う。
もう頭がくらくらした。すでに7時30分をまわっていた。
それにしても皆菓子や飲み物をよく食うね・・それにゴミをポンポン捨てるしきたないきたない。
なんであんなんなんだろう?
まったく今日ほど一日が長い日はなかったんではないだろうか・・・・。
Re:
「若者なのね・・」って君も若者やろ~!と言いたいですな。
Pさんはホームステイさせてもらっていた方。
今思うとあんなに親切にしてくださってたのに、なんだか失礼な態度で申し訳ないです。

1992.7.20.

朝からすごくねむい。今日は洗濯屋さん行って買い物してから、少し朝寝をしたり、
買ってきたスコーンとジャムでいかにもイギリスらしいお茶をした。
あまりにおいしいものだから、3つも食ってしまった。
そのあともまだ眠くてまた家の中でだらけてしまって1日がおわった。
Re:
あなたなんだか毎日ねむいって言っていますねぇ・・・。

1992.7.22.

Lucie Rie に会った。
・・・・・これ以上書けない。
Re:
あの時僕は、生涯消えることのない「光」をもらったんだと思います。

1992.7.24.

今度はBritish Museumへ行った。
すごい観光客だった。
日本のツアーイズムの人々が参加章とかいうバッジをつけてぞろぞろ歩いていた。
それにしてもおみやげを買う量が極めてはなはだしいのにはまいってしまった。
やはりここは観光名所なのね・・・。
関係ないが、Tower Hill駅近くのサンドウィッチはうまい。またしても買ってしまった。
これで三度目だから三度ウィッチ・・・またつまらんことをおもいついてしまった。
疲れてる証拠や。

British Museumは想像をはるかに(かどうかはわからないが)下回るところだった。
なんかがっかり・・・。
今日見るまでは、天井がすごく高くて床は大理石でできたカッコイイ建物で、
空気は冷たく足音が響くような室内だろうと思っていたのに・・・。
天井は低く、空気は蒸れたようなヘンなにおいがして、
観光客(自分もそうではあるが)とくに日本のじじばばツアーイズムと
ラテン系の人々がぞろぞろと練り歩くものだから、
とほほとなってしまった。
しかし確かに世界一というだけのコレクションの数々である。
よくこれだけのものを英国は略奪してきたものだ、とつくづく思ってしまった。
Re:
一体何様のつもりなんでしょうか?
自分のことを棚にあげて、人様をまるでばかもの呼ばわりしていますね。
それにツアーイズムじゃなくてツーリズムですから。

タワーヒルのサンドウィッチ!懐かしい!
パンと好きな具を選んでその場ではさんで半分に切って、2分で買い物終了。
ブラウンのパンにカリードターキー(タンドリーチキン?)が好きだったなぁ・・・。
多分この日もそう。

1992.7.28.

Lucie Rie のStudioを見た。
Maxというおじいさんは良い人だった。
Re:
正確にはDr.Max Mayerさんです。
何もわかってない僕に対し、とても親切に案内してくださいました。
いくら感謝してもしきれません。
それにしても、「おじいさん」っていうのはどうかと・・・

2014年1月6日月曜日

「すき」なもの



「すき」なものをつくりたい。

口もとから足もとまで全部「すき」と思えるものをつくりたい。

全部「すき」なものは僕のエネルギーと直結していて揺るぎない。

そうしてそれは僕の生きたあかし。

だから、本当に「すき」なものをつくりたい。

2014年1月5日日曜日

「ゆう」のこと



「ゆう」とは釉薬(ゆうやく)のこと。
「うわぐすり」または、「くすり」と呼ぶこともあります。

釉薬はやきものの表面を被い、
素地の吸水性を減少し、物理的強度を増加します。
定義としてはこんなところです。

ひとくちに釉薬と言っても、
種類を挙げればキリがないほど無限にあります。
あまりに無限過ぎて、気が遠くなるので、
釉薬を調合するときは、あえて原料を限定しています。
そして、配合レシピにはそれほど重点を置きません。
それよりも素地土との相性、厚み、焼き方などの条件を検討して、
より良い結果を求めていきます。
釉がけのときはカンに頼らず比重計を使って濃度を調整して、
釉薬それぞれに決まったタイミングでかけます。
窯焚きのときは必ずゼーゲルコーンを立て、温度表をつけます。
そうして残した記録は、後々困ったときに助けてくれるのです。

新しい釉薬の表情を見つけた時は、
いつまでも眺めてしまいます。
時には、地球誕生の瞬間を見るかのような不思議な気持ちになります。
もしも釉薬がこの世に無かったら、
やきものの仕事はしていなかったでしょう。
それほどに釉薬には宇宙的な魅力があるのです。

2014年1月4日土曜日

「かま」のこと



やきものを作る工程で最も重要なのが「窯焚き」です。

そして窯を焚くためには「窯詰め」をしなくてはならないのですが、
この作業がなかなか大変です。
できたら誰かにやってもらいたいくらい、本当に疲れます。
窯詰めの良し悪しが焼き上がりを左右するので、全く気が抜けないのです。
つまり、「窯焚き」は「窯詰め」の時から始まっている、とも言えます。

まず窯詰めの最初の作業は、作品の下準備。
素焼きした作品に付いたホコリなどを絞ったスポンジできれいに掃除します。
次に釉薬を付けたくないところに、撥水させる薬品を塗ります。
釉薬のバケツは底からよく攪拌して、メッシュに通します。
釉薬によって濃度、浸す時間が決まっているので釉薬の濃度はきっちり調整します。
そして順番に釉薬を掛けていきます。
すべて掛け終わり釉薬が乾いた後、掛かり具合をチェックしながら修正していきます。
はみ出したところを拭き取ったり、削ったり、筆で塗ったり・・・
修正が済んだら、窯の中へ詰めます。
窯の中は場所によって火の通りやすい所と通りにくい所があるので、
火の通りを考えながら詰めていきます。
最後の段を詰めたら、温度計とゼーゲルコーン(*)をセットして、
灯油をタンクに補充して準備完了。

毎回窯詰めが終わると、ほっとします。
自分のやれることはやったし、あとは炎の仕事、と・・・

窯の呼吸が乱れないように、炎が暴れすぎないように、
炎の色と噴出し方、煤の量や炎の音から判断して油量と空気量を調節。
最終温度に達してくると付きっ切りで温度管理します。
色見穴から覗いて、ゼーゲルコーンが溶倒するのを確認。
さらにしばらく焼成して窯の中を熟成させて火を止めます。

そして窯をよく冷まして、いよいよ「窯出し」です。
新しい釉薬のテストを入れた時は窯出しがとても楽しみです。
たいてい使い物にならないことが多いのですが、
中にスバラシイものがあると、いつまでも眺めてしまいます。
いつもと同じようにしているつもりでも、「あれっ?」と思うような失敗があったり、
何百回も焚いていますが、毎回何か発見があります。

自分でも不思議ですが、窯出しで失敗作が出てきても以前ほど落ち込まなくなりました。
失敗の原因のほとんどが明らかな自分のミスで、
「あぁやっぱりね・・・」と納得してしまうからかもしれません。

「すべての現象には必ず原因がある。」

当たり前のことですが、やきものを始めた頃からずっとこのコトバを持論としています。
その時わからなくても、このコトバを信じていればいつか問題は解決するのです。




*ゼーゲルコーン・・・所定の温度、熱量で融けて倒れる角錐状のもの。
             色見穴(窯の穴)から見えるところに置きます。

2014年1月3日金曜日

「つち」のこと



「つち」 とは、粘土のこと。
なぜだかわかりませんが、やきものをはじめてからそう呼んでいます。
今となっては、「ねんど」、と呼ぶのに抵抗さえ感じます。
別にどちらでもいいことですが、「つち」 と呼ぶ方が心地よいのです。
「つち」には「ねんど」より広がりを感じるからかも知れません。


陶芸家の中には、子供の頃のドロンコ遊びの感触が忘れられない
という方がおられます。
さて自分はというと、ドロンコ遊び・・・苦手でした。
手がザリザリしたり、乾いてきたらカピカピするのが嫌で嫌で・・・
それに、服が汚れるのも嫌・・・
工作の課題が、「ねんど」の日はとてもブルーでした。
そんな子供が、今や「ドロンコの日々」ですから、人生わかりません。
(まあ、今でもカピカピはちょっと嫌ですが・・・)


土練りのときのひんやりとした感触
ロクロを挽いたときの手のひらを押しかえす力
挽きあがったときのしっとりとした張り
削るときスルスルとリボンのように指の間を滑り落ちる様
そのどれもが心地よく、魅力的です。
そしてそのどれもが、「つち」だからこそ感じられるのだと思います。

2014年1月2日木曜日

「しのぎ」のこと



この数年、「しのぎ」という技法で作品を作っています。
ロクロで成型した後、少し乾燥させてから「カンナ」という道具で彫ります。
一本一本、カンナで彫っているといつまでも彫っていたいような気分になります。
(今は彫るのが楽しくて、ついやりすぎてしまうこともありますが・・・)

作る時、はじめからこうやって彫ると決めてロクロに向かうよりも、
まず自由に形を作ってからあとで彫り方を考えるほうが不思議としっくりなじみます。
立体となったその形をじっと見つめていると、「こうしてください~」と話しかけてくるのです。
そんな時にできたものは、迷いのない力強さを持っています。
逆に、無理やり予定通り作業を進めた時は、焼き上がってガッカリすることが多いようです。

確かに頭の中でイメージを作りあげて、その通りに作るのもひとつの技術です。
けれども、その時その時のひらめきを大切に作る方が、今の自分には合っているように思います。

これからのテーマは、一つ一つの作品の「一体感」をどうやってだしていくか、ということです。
釉薬とフォルムを融合させること、そしてそこに空気を感じるような、静かに存在感を放つもの。
そんなものが作れたらと思います。